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第11回「学生スポーツとコンプライアンス」講演会 

  
藤原 正典
元阪神タイガース
硬式野球部OB
 2018年(平成30年)
9月8日(土)
立命館大学衣笠キャンパス
 

学生時代の過ごし方 夢に向かって何をすべきか
   
 ちょうど10年前に立命館大学を卒業しまして、プロ野球の現役は6年間、3年前に引退をして1年半ほど京都の病院の職員をしました。今は大阪の本町の方で居酒屋を経営しています。このような会に呼んでいただいて光栄なのですが、講演するような成績も残していません。また、こういう機会に慣れていないですし、口下手なので話が脱線することもあります。お聞き苦しいことも多々あるかと思いますけど、リラックスして少し耳を傾けていただければ幸いです。

 本日のテーマ「学生時代の過ごし方、夢に向かって何をすべきか」ということですが、その前に簡単に私の自己紹介をさせていただきたいと思います。

 私は今年で31歳です。野球世代で言えば一つ上にダルビッシュ選手がいて、下に田中マー君とか、すごい世代に挟まれた世代です。出身は岐阜県で、野球を始めたのは小学校4年生ですが、そのチームには小学校1年生や2年生を平気でしばくという名物の鬼監督がいて、今では考えられないような環境で野球をスタートしました。今でもそうなんですけど、この小学生の時から人生の教訓の一つにしていることは、「人にされて嫌なことは、人にしない」ということです。人生の基本だと思いますが、私はこれを胸に今も生きてます。

 続きまして、中学校時代ですが、ここでは割愛します。
 高校は県立岐阜商業という、歴史の古い伝統校に入学しました。ここでは挨拶、礼儀など本当に多くのことを学ばしていただきました。入学して10日間、昼休みになると新入生は体育館に集められて、挨拶と4曲ぐらいあった校歌をずっと覚えさせられて、女子生徒も例外なく集められ「おはようございます」、「ありがとうございました」などを永遠に繰り返す、ちょっと異例な高校だったです。ほとんどの新入生が「やばいところに来たな」思うのです。野球部もかなり厳しいということで有名で、頭髪は五厘刈の上をいく「ソリ」といい、カミソリで剃るのです。一年生の間はずっと「ソリ」でした。

 あっという間に3年生になった時に、通学に使っていた私鉄が急に廃線となり、公立高校で寮もなかったので、高校の近くに一人暮らしをすることになりました。一番多感な時期に一人暮らしという、ある意味自由と試練を急に与えられ、本当にいろいろ苦労しまいした。その時に一つ思ったことがあります。人生というのは野球だけじゃないのだ。生きて行くということはこんなに大変なのだということを、改めて感じさせられました。まずは食事。朝晩はアパート近くの喫茶店と契約をしてお腹いっぱい食べさせてもらえるのですけど、育ち盛りの高校生ですし、当然足りることなく、自分で弁当を作って持って行かなければならない。朝6時半から朝練があることを考えると、だいたい5時ぐらいに起きてご飯炊いておにぎり作って、本当に戦争みたいな環境で高校3年生の1年間を過ごしました。毎週月曜日は練習が休みになるのですけれど、学生服のまま近くのスーパーに行ってタイムサービスに並んだり、学校には内緒でアルバイトをしたこともありました。それくらい高校3年生時に苦労した時に感じたのは、「親ってすごいな」ということです。子供一人に部活動をやらせるということが、どれだけ大変なのかということを改めて感じました。洗濯一つでもそうです。実家に住んでいる時は、汚れたユニフォームを洗濯かごに放り込んでおけば、次の日にはきれいにたたんで置いてあるということが当たり前だったのですけれど、それも自分でしなければならない。10時ぐらいに帰ってご飯を炊いて、洗濯をして寝るのが12時で、また次の日も5時に起きてご飯を炊いて、この時に苦労をしたからこそ、今でも親への感謝を忘れたことがありません。早い時期から家を出た身です。高校を出て大学に入ってからずっと家を離れていますし、10年以上家にいたことがないのですけど、本当に親への感謝を忘れたことはないです。皆さんも競技を続けていく上で、本当に忘れてはいけない1番根本的なことだと思うので、これを今日の重要なテーマの一つだと覚えて帰ってほしいと思います。

 話は戻るんですけど、一人暮らしを経験したことで、そこから私の人生観ががわりと変わりました。それまでは与えられた環境だったり、与えられるものの流れに何となく乗って生きてきたのですけれど、この一人暮らしを経験したことで、その先、幾度となく人生の選択肢を迎えた時、どっちを選ぶのが正解なのかということを、この一人暮らしの経験で学ぶことができました。環境、物、すべて自分で決定して行くことが非常に重要なことだと学びました。高校生ながらこういう経験ができたことで、それが後の進路決定に繋がって行くのです。高校時代はほとんど外野手をやって、大学から本格的にピッチャーに挑戦したのですけど、いくつか話をもらっている大学もあって、与えられる環境というものはすでに用意されていました。ただ、一人暮らしを経て、この後の自分の進路決定をどうしたらいいのだろうという意識が生まれた結果、この立命館大学という進学先を選ぶことができました。その結果、プロにも入って今皆様の前でお話できています。ある意味正解だったと思っています。

 ここまでが大学入学までの話ですが、学生時代の過ごし方について、私の成功例というものでもないですけど、これはうまくいったなとか、これは失敗したなという話をいくつか交えてお話して行きたいと思います。

 大学4年間が始まるに当たって、まずはじめにしたのは目標設定です。野球がすべてではなく野球に自信があったわけでもない。そういう自分はちゃんと卒業して就職するということを4年間の目標として掲げました。目標設定で大切なのは「絶対これをする」と言い切る形の目標設定をしたほうがいいと思います。「○○できたらいいなぁ」とか、「○○になれたらいいなあ」というのは「目標」ではなく「願望」であって、何かを成し遂げるモチベーションにはなりません。アスリートで頑張っている皆さんには理解してもらえると思うんです。「○○をする」、「賞を取る」、「この試合で絶対勝つ」と、言い切る目標設定が大切だと思います。目標設定には、短期・中期・長期、大きく三つに分けて設定するのがいいと言われているのですけれど、例えば、短期の目標なら「近々こういう大会があるからこういう成績を残せるように頑張ろう」。中期で言えば、「年間はこういう成績を残したい」、「これくらいの位置まで自分の能力を引き上げたい」などが中期目標。長期というのは、大学4年間でどうなりたいか。どこにゴールを持っていくのか。これぐらいの成績を残せる選手になるという、4年間の目標を考えるのが長期設定です。ここは私の持論なんですが、これらの目標設定は、できるだけ具体的で、かつ、達成可能であることが大切だと思います。大学生は大人なのでわかると思いますが、自分の現状を見て、どう考えても達成できなさそうなこと、オリンピックで金メダルを取るとか、素晴らしいことですが、あまり夢物語を見ていても逆算して考えにくくなるので、具体的で達成可能であるということが大切だと思います。

 目標を達成するために、何をすべきか。ここから大学生活の話になってくるのですが、目標設定ができたら、それを達成するためにまずしなければならないことは、目標を達成するための環境作りだと思います。それは練習時間の確保であったり、コンディショニングの維持、チームメイトとの関係とか、人によっては金銭的な余裕とか、いろんな要素が出てくると思うのですが、これを一つ一つを切り離して考えると、結構、沢山のあると感じてしまうのですけれど、ワンセットで考えると意外とシンプルな話です。例えばある練習時間を確保したければ日頃からチームメートと良好な関係、コミュニケーションをしっかりとって、効率の良い練習環境作りをまず始める。効率の良い練習環境ができれば、当然学業の方にも時間が割けますので、学業のストレスも減る。そうしたら競技に専念できる。ひとまとめにシンプルに考えればそんなに難しいことではないと思います。そこで、個人的に一番おすすめなのは、当然大学生なので学業を優先するということです。もっとシンプルに言うと学校へ行こうということです。チームメートとばかりいると、例えば「この練習はきつかった」とか、「あの監督の練習はしんどい」とか、そういう傷の舐め合いや共感しか生まれなくなります。これから4年間一緒にプレーして行く仲間は当然大事なのですけれど、そういう仲間というのは、居心地もいいし安心感もあるのだけれど、共感とか傷の舐め合いなどしか生まれなくなります。学校へ行って一般学生とか体育会でないイケイケな学生などとふれ合うことで、彼らは刺激とか興味とか自分にないものをたくさん与えてくれます。そういうものは、自分の競技に立ち返った時、新しいモチベーションにもなりますし、必ず競技力の向上に繋がってくると思います。だからまず学校へ行き、いろんな人と出会う。その出会いから、競技に繋がる何かを得るということを意識してもらえたらいいと思います。私も学校が好きで練習が終わったら毎日学校に行くようにしていたのですけれど、そういう習慣があったからこそ、今の妻と出会い、無事に結婚することができ、4歳になる娘がいて、2人目の赤ちゃんがお腹にいるという、最高に幸せな感じです。

 次に目標設定のレベルアップをして行く方法ですが、ここから私の競技について少し触れるのですけど、実は小学校の頃からプロ野球選手になりたいとか、こういう選手になりたいとかそういう夢は持っていなくて、結構、現実主義者だったのです。大学入学当初の目標設定を聞いていただいてもわかるように、競技者として成功する自信すら持ってなくて、スポーツ推薦入試で入学しましたけど、いつまで続けることができるのかなとか、試合に出してもらえるのか、そういう不安と戦っていた1回生だったと思っています。ただ、自分で一つ得意だと思えたのは、先程も言いました目標設定の環境作りにはちょっと長けていたかなと思っています。高校時代にすごい厳しい礼儀・挨拶とかを教え込まれて、それを駆使していたわけではないですが、先輩たちには失礼のないように、指導者の方々にも失礼のないようにするうちに、野球以外のストレスも減らすことができました。「あいつ態度悪いのな」と目をつけられることもなかったです。しかし、そのように自分で練習環境を整えて行くということに気を回しすぎて、2回生の夏くらいまで全く試合に出れず、日の目を見ることのない選手でした。スポーツ選抜入試で入部した部員はみんな硬式野球部の寮に入るのですけど。2回生の時に「あいつ寮から出されるらしいよ」という噂が聞こえてきまして、その時に初めて「やばい」と思ったのですね。このままでは終われないという気持ちもありましたし、それをきっかけに本当に野球に向き合うようになったのです。それまでいっぱい遊びましたし、20歳になった瞬間、お酒も飲みました。しかし、その2回生の夏が転機で、「これではいけない。ちゃんと野球をしなければいけない」と思ったのがきっかけで、一気に自分の能力が上がりました。それまでの考え方や練習方法を全部一から見直して、取り組み方を変えた時に、初めて自分でも成長したなということがありました。例えば、それまでは何となく練習に合わして練習メニューを組んでいたものを、「今日はこれをできるようになるまで絶対にあがらない」、というような超短期目標みたいなノルマを自分に課すことになってから、ぐっと成長したように思います。それで2回生の秋にリーグ戦にデビューして試合に使ってもらえるようになって、代表チームにも入れてもらったり、少しずつ名前が売れ始めた時、社会人野球から声をかけていただいて、その時に初めて、「野球で飯が食えるな」と思いました。野球で飯が食えるという安心感を得た時に、初めてプロ野球というものを意識するようになりました。

 それでプロ野球に入団して、最初の3年くらいは順調に行っていたのですが、ここからは私の体験談の話ではなくて、一流の選手を見てきたというところから皆さんにお伝えできたらと思います。まず、「一流」とは字のごとく、「一つの流れ」と書くのですけど、私は阪神しか経験していないので、阪神で一流の選手と言えば、鳥谷選手だったり、今監督をされている金本選手だったり、超一流といわれる選手の何が一流かと考えた時に、24時間の使い方がとても一定していると感じました。毎日同じパフォーマンスを続けるに当たって、例えばナイターの試合だったら大体14時半頃に球場入りして、16時くらいまでホームチームは練習して、そこから1時間休憩があって、18時ぐらいに試合開始となるのですが、野手でいうと鳥谷選手・金本選手というのは、ほぼ午前中、11時半ぐらいから球場入りして自分のウォーミングアップを開始して試合に臨んで、試合後もちゃんと1時間半体のケアをして帰るという流れは常に一定していたと思います。一つの流れをずっと維持できる人を一流と呼ぶのではないかとその時感じました。私みたいな若手というのはどうしても遊びたいですし、試合後、先輩に誘われたら食事に行ったり、飲みに行ったりとかというのも当然ありました。1日の流れが何パターンもできてしまい、寝ないで試合に臨んでみたり、逆にしっかり休みすぎて体が動かなくなったり、いろんな流れを作ってしまうのが二流・三流と言われるものなのかなとその時感じました。今、一緒に飲食店をしている私の師匠みたいな人に言われたのですけど、プロの定義というのは、1から100までその業界で必要な要素があるとしたら、51を持ってる人はプロだと教わりました。アマチュアは50以下、51はもうプロ。ただ、残る49の差を詰めていけるのが本当にプロになれるかどうか、超一流と言われる人たちはそこから100以降のことができる人、101、110、120と高いレベルで話ができる人が一流だと今も言われています。だから飲食店に置き換えると、私はまだまだ1年未満で経験も浅いですし、飲食店について何も身につけることができていないと思いますけど、いつか100になれるように努力して、そうなった時に、予約が取れないような超一流の店にして、2店舗・3店舗と拡大して行けることが、今の自分のことなのかなと思います。

 足早にしゃべって何のまとまりもない話だったのですが、今日の話で覚えていただきたいのは、目標設定のしかた、目標設定のための環境作り、自分の目標のレベルアップをさせるポイントをしっかりつかむ、何かきっかけを持って日々を過ごすということ。それで、24時間の流れを一定させる。競技レベルがどうとか言うことではなく、自分の中で流れが一つであるかどうかということを、大切にしてほしいということです。これから皆さんの競技生活、4年間の大学生活、そしてその後の長い人生が続いていくと思うのですけれど、より良いものにできるように、どれか一つでも結構ですので、きっかけになればと思って今日お話させていただきました。
 ご清聴ありがとうございました。
 

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